薬膳料理に薬膳食材は必要かどうか問題
「薬膳」「薬膳料理」というと、どうしてもくこの実や朝鮮人参をイメージしてしまう方が多いですね。
以前テレビで火鍋を食べている芸能人が「薬膳が入っていて体にいいんですよね」
なんて言っていて、世間一般の認識は「薬膳」=「生薬」なのだと感じた出来事でした。
確かに、
「薬膳を教えています」
「薬膳料理のお教室をしています」
なんていうと、何かしら煎じて作るなんだかハードルの高いお料理のイメージもぬぐえず、
わわわ、わたしにはちょっとハードルが高すぎて~~と後ずさりされることもあれば、
うちに中国のお土産でもらった高麗ニンジンの干したやつがあるんですけど、つかいかたわからないんです~!
と生薬の扱い方を聞いてこられる方もいらっしゃるかと思います。
こういう出来事に出くわすと、私は常々「薬膳」という言葉がなくなればいいのにとさえ思ってしまいます。
「薬膳」という言葉がなにかすごい壁を作っているし、
その壁のせいでなかなか正しく伝わりにくくなっているからです。
そんな世の中で薬膳食材って使わないといけないでしょうか?
薬膳食材はなくても薬膳は作れる
ぶっちゃけ、私は薬膳料理に薬膳食材は要らないと感じ始めています。
薬膳の道に足を踏み入れて10年になりますし、マニアックな薬膳食材を手軽に取り入れる方法や
「ザ・薬膳(中華)」にならない使い方をたくさん考案して、レシピも書いてきました。
でも最近では使うのはかろうじて黒白のきくらげと、たまにクコくらいです(笑)
薬膳食材は、漢方薬としても使う食材です。「食薬」とも言われますね。
「限りなく薬に近い食材」であるので、その分、他の食材に比べて方針をシャープに打ち出したり、
少しでも効能を高くできますし、見た目からして「なんだか効きそう!」と思わせたりする、強力な助っ人であることは間違いないと思います。
ただ、そのメニューが「ただの色どり」とか「その食材頼み」とかになってしまうのであれば、
まずは使わない土俵で戦っておきたいなって思うのです。
もちろん、「薬膳」と名の付くものを教えているとするなら、
その食材たちの扱い方や効能は知っておいてしかるべきです。
ときにはそういったものを使うことで、
「わたし、ヤクゼンしてるよね!」
と生徒さんに思っていただく必要がある場面もあるし、
ハードルの高そうなもののハードルを下げていく活動としてはアリだと思うのです。
(かつて私もそれをやっていましたし、それはそれで楽しいんですけどね。)
でもね、それをただ単なる「非日常」で終わらさない工夫が必要になってくるし、
逆に、「それがないとできないもの」にならない工夫も必要と思います。
想像してみてください。
素敵なフレンチレストランで、
「モリーユ茸と鶏のフリカッセ」
とか言われたら、わ~、素敵!(なんかわからんけどすごい!)
ってなりますよね!
高級中華料理店で
「ふかひれの姿煮込みとツバメの巣のスープ」
とかでてきて、わーもう明日のお肌、どうなっちゃうのかしら??
ってなりますよね!
薬膳食材でもこれと同じ現象が起きてると思うんです。
「わーなんかすごいそうやつだから効きそう!」
ってやつ。
これって、珍しいからこそ、すごいもの食べた!という気持ちが効能への期待感を高めてる感じです。
え、それってあかんの?って思いそうですが、あかんくはないんですよ?
でもね、薬膳は特別なものを使うから効くんだ、と思われてしまうと、
薬膳のハードルってずっと下がらないな、って思ってるわけです。
それだったら、もう何もない、丸腰ノーマルな状態で勝負できた方が本来の
「薬膳」ができるんじゃないかな、って。
薬膳を教える立場の人が目指すところ
黒きくらげはスーパーでかなり見るようになりましたが、朝鮮ニンジンやなつめなどはまだまだ特別な存在ですよね。
薬膳講師の目標は2つあって、
「ちょっとでも普段使わないものは完全排除しても、ちゃんと薬膳は作れるよ」(普段の食材の効能を大切にすることを伝える)
というところと、
「黒きくらげって中華丼以外にも使えるんだよ、全然特別じゃないよ」(手に取りやすいものから少しずつハードルを下げていく)
というところを目指せるといいなと思っています。
薬膳講師なので、もちろん、薬膳食材を知っていてほしいし、使い方も知っていてほしいんですが、それを伝えることに力を注ぐのではなくって、
まずはなくても大丈夫!見慣れないものは使わなくてもいいよ、って言ってあげられるといいですね。
黒きくらげ使いたいだと?!おまえには10年早いわ!っていうのはダメですよ?(笑)
薬膳って身近で、取り入れやすい生活の知恵!
薬膳食材を使うのは、そう思ってもらってからでも全然遅くないですからね☺